夜勤病棟の女神様(仮)

ひよっこナースの日常

気分で決めるお部屋探し

4連休を取って函館の新居探しをしてきました。と言うか、函館に着いた初日に早々に決めてしまい、まだ函館にいる中でこれを書いています。*1

引っ越しはこれで4回目、入学や入職のための引っ越しは弘前稚内に続いて3回目です。これまで部屋選びについて書いたことがなかったなと思い、今回はよしなしごとを綴ってみましょう。

要件定義できる子

どうやら私はすんなりと、あっさりと部屋を決める方らしいです。

最初の弘前の時はそれなりに考えた、と言っても昼前ぐらいから部屋を見て回って夜には決めてた。5, 6件見たかな。稚内ではちょっと早まって、朝から5, 6件見ておやつの時間には決めてた。函館ではついに見る件数すら減って、おやつの時間から3件見終わったときに決めた。

今回の不動産屋の担当者曰く、学生のお部屋探しはそもそももっと候補を出すそうな。担当者がまずこの辺をと3件の資料を持ってきた時点で見に行きますかと私から言ったら、もう少し探せますよって困惑気味でした。でも、要件を伝えて、まずおすすめはこの辺って専門家が出してきたなら、それ以上ってあるんですかね。なくはないんでしょうけど、少なくとも最初の候補で及第点はもちろん、いい線行ってるのは間違いないと思うんですよね。と言ったら、確かにおすすめする物件ですとは返ってきた。

デリヘルでチェンジすべきではない理論ですよ。元SEの経験則。需要側は明確に要件を示す、供給側は最善の提案を示す。これが互いに敬意を払った仕事であり、特に専門家である供給側からこの美しい形を崩すことはないと確信しています。というわけで、私が要件を伝え損ねていなければ間違いないんですよ。ロリ一択なのに熟女もありとか言わなければ*2間違いないんですよ。

尤も不動産屋によって選択肢となる物件が異なるので、他の不動産屋に当たる価値はあると思っています。が、学生向けアパートは1物件を複数の不動産屋が仲介していることがほとんどなので、その価値はあまり高くないだろうとも思っています。

何となくの正体を知る

私が提示した要件は次の通り。とにかくお金がないからね。

  • 家賃3万円台(学生向けで安い価格帯を聞いたらこれだと)
  • 大学から徒歩20分以内
  • 8-10畳以上(持ち物が入れられる最低限)

おまけで夏の間は大型バイクを置くので駐車場があるといいなとも伝えましたが、なきゃないでという感じで。

まあ最低価格帯だよね。こちらを立てればあちらが立たぬ。とは言え、プロのお仕事。どれも要件は満たしている。価格で絞っている以上、要件外のところを否定的に見たらうまくいきません。

さてどうやって決めるか。何となく、感覚ですかね。部屋を見て、部屋から外を見て、楽しく生活できそうだなってところにする。結果、今回は最初に見た1件が楽しくやっていけそうって感じられたので、そこに決めました。

今回気づいたのですが、私は通りに面している部屋が好きみたいです。部屋の外を見て楽しそうってのが、部屋の外に動きがあるってことなのかな。奥まったところにある物件は即座にこりゃねえなと思いました。決定条件が一つ明確化できたのは今回の収穫。

なお、大学隣接で教室までだって徒歩5分ぐらいの部屋です。こんなに近いところには住んだことがないので、どうなんでしょう。楽しみですね。

NTTコミュニケーションズ 函館大川ビル

新しいおうちから歩いて10分ほどでNTTコミュニケーションズ函館大川ビル。近くにNTTの建物があると落ち着く。

学生向けアパートの今時

今時の学生さんは家賃5万円以上が多いそうです。親御さんが4万円出して、本人がバイトで1万円がんばるみたいな感じで。バイト代を上乗せ家賃にしてしまうってのはちょっと驚きですが、COVID-19大流行により在宅学習が多かったことが影響しているんでしょうかね。部屋にいる時間が長いなら、部屋に金をかけるってのは理にかなっています。

大学生協から届いたカタログを見た感じだと主流は4万円台半ば。バイト代を抜きに考えると上述と合いますね。それだけ出せば築浅物件も多く快適なんだろうなとは思いますが、毎月1万円を部屋に払うかガソリンに払うかとなれば、私はガソリンに払うかな。


今回も新しく住む土地の地図を買ったよ。

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*1:公開するまでにはだいぶ間が空いた。

*2:それは店が違うのではという突っ込みはなしで。

最も多い業務上疾病は問われない

あけましておめでとうございます。1本目はみんな大好き国家試験ネタ。

看護師国家試験における鉄板必修問題の一つに「最も多い業務上疾病は何か」というものがあります。正解は「負傷に起因する疾病」もしくはその内数である「腰痛(災害性腰痛)」だったのですが。

圧倒的じゃないか、COVID-19は

業務上疾病発生状況

データソースは政府統計「業務上疾病発生状況」。労働基準法 第75条、労働基準法施行規則 第35条に基づき、休業4日以上となった業務上疾病の発生状況です。

様変わりもいいところである。もはや圧倒的大差で「病原体による疾病」、その内数である「新型コロナウイルスり患によるもの」が最多です。

業務上疾病を問う問題は直近で105回(2015年度), 99回(2009年度)と出題されていて、問題集には必ず出てくる問題でもあります。しかしその実数を示した表や推移を示したグラフを見たことがある看護学生はいないのでは*1。なぜならば圧倒的に負傷で、圧倒的に腰痛という状況が続いていたから。全く変わることなく、続いていたから。

COVID-19の影響を受ける直前の年、2019年の統計を見てみると、業務上疾病8,310件のうち72%の6,015件が負傷、62%の5,132件が腰痛です。他の疾病とは文字通り桁が違う状況で、同年は「異常温度条件による疾病」が同じ4桁で食い下がるものの1,039件と全く及びません。こんな状況ですから腰痛とだけ覚えるのが当然になっていました。

慣例によれば今年2024年の国家試験で問われるのは2021年統計。最も多い業務上疾病は「新型コロナウイルスり患によるもの」になるのですね。

ただ、私は問われないと考えています。10年後はわかりませんが、現時点ではあくまで短期的な変動と見るべき事柄。統計についての必修問題は長期の傾向から日本の行き先の理解度を測るためのものでは。直近の変化であった死因における老衰を問う問題が出されたのは、今後長期にわたって老衰が増えて行くであろうとの流れからですよね。COVID-19が長期にわたって業務上疾病の主役たり得るか。そうではないと思うんですがねぇ。

よく見るとおもしろい業務上疾病発生状況

私もご多分に漏れず、業務上疾病発生状況の統計値をまじまじと見たことなどありませんでした。しかし今回この記事を書くために見てみると、結構おもしろいんですよ。

  • 腰痛は漸増傾向。2022年度と10年前を比べると約3割増
  • 腰痛が最も多い業種は保健衛生業、全体の約3割
  • 新型コロナウイルスり患によるものが最も多い業種は保健衛生業(割合はまだバラバラ)
    • 2019年以前の病原体による疾病からして最も多い業種は保健衛生業、全体の5~6割

腰痛は貨物取扱業が多いのかなと思っていたんですが。まあ、いわゆる労災として扱われ、4日間以上休業している数ですからね。腰痛になって労災です休みますが通る業種なのかってのもあるのでしょう。保健衛生業の腰痛なんて日頃の運動不足によるところだろうと突っ込みたい例が多数あるとかないとか。ホワイトであるなぁ。


看護学生なら教科書として持っているけど、試験を通すのに不要だからまず読まないよね。興味のあるところを眺めると結構おもしろいんだけど。

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*1:よほど熱心な学生なら『国民衛生の動向』で実数を見ているかも知れません。

病院のゆく年くる年

2019年末を最後に冬コミに参加することもなく穏やかな年末を送っているつもりでしたが、意外と忙しかったのかこの時期の病院について書いたことがありませんでした。今回は年末年始の病院の様子をお届け。

謹賀新年

いつも通りの休日運用

通院患者に対応する外来は救急を除きお休み、入院患者を収容する病棟は維持運用。土日と同じですね。ちょっと長い連休と言ったところ。5月のゴールデンウィークと同様で、さほど特別な動きはありません。

年末年始が見えてくると年越し集中治療になるような大きな治療は急ぎでない限り控えられるというのはあります。だから暇になるかというと、他の治療はあるので、そうでもないという感じです。

院内は平常通りながら世間では特別な年末年始、入院患者の動きには多少の違いがあります。何とか退院したい、入院を遅らせたいって人が出てきますよね。入院患者には高齢者が多く、年に一度か二度の帰郷を待つ側です。年末年始は家で過ごしたい、帰してくれと。結果として入院患者数は減る傾向にありますが、急な病で入ってくる人もいるわけで、まあそれなりの減り方です。

年末年始恒例傷病

餅。餅を詰まらせて生死の淵をさまよう人対応。これは年末年始特有のイベントと言ってよいでしょう。入院にまで至る人は重症で集中治療を要する人ですから、休日運用でスタッフを絞っている中で、各人の負荷が急上昇します。

あとは地域柄、バイク事故。年越し宗谷岬の余波ですね。臓器損傷が疑われれば確実に入院です。こちらは若い人が多いこと、そもそも注意を払ってバイクに乗っていることから、大事には至りにくい印象です。

兵站線は切れる

年末年始のお楽しみと言えば多くの人にとって長い連休であり、長い連休を作るのは多くの休業です。病院にあれこれを納入してくれる業者もご多分に漏れず、連休に入ります。よって物資の供給が途切れることになります。年末が見える頃には備えた発注が行われますが、うまく確保できないこともあるとか。私自身は物がないと困ったことはありませんが。

同様に外注の洗濯も止まります。おかげで年末年始に出ていると制服が足りなくなります。2日間同じ服を着るか、自前で洗うかですね。私は後者です。

年末年始の出勤事情

ここまでで「平常運転の病院 対 特別体制の世間」という図式が見えてきたかと思いますが、その締めくくりはスタッフの確保です。大晦日は、元日は、年末年始は休みたいという人はいますからね。逆に年末年始は何もないから出られるという人もいます。結果としては平常運転の病院が成立することになります。

尤も、できれば休みたい程度では休日希望を出しにくいと感じている人が大半でしょう。そんな犠牲の上に平常運転が成り立っていることは押さえておきたいですね。私が聞き及ぶ限りにおいて、本当に自由に休みが取れている病院ってありませんよ。


こんにゃくゼリーはあれだけ叩かれ、対策してきたが。餅は野放し。

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バイク乗り憧れの道、オロロンライン沿いに住んでみた

無駄遣いは文化を紡ぐ行為。無駄遣い最高! とゆわけで、趣味で乗っている奢侈品のバイクについての話題だよ。

私が住む場所は稚内市、バイク乗り憧れの道として名高い日本海オロロンライン道道106号線の北の終着点付近です。初代稚内駅のあったところ。オロロンライン沿いのセイコーマートはここが最北。北海道を目指してくるライダーにしてみればこんな熱い文字列の並びもないだろうって位置にあるのが我が家です。

長距離ツーリングが趣味のライダーの多くはオロロンラインの名前を知っていますし、名前を知らなくても日本海沿いに北上するひたすらまっすぐな道と言えばみながわかるほどです。そんな有名なオロロンラインですが、その道沿いに住むライダーってのはそう多くないのでは。

とゆわけで、オロロンライン沿いに住むバイク乗りが感じる、オロロンライン沿いに住んで良かったことと悪かったことを書いていきましょう。

Good Evening Wakkanai City. June 14, 2023

良かったこと

いつでも気持ちよく走れる!

あの景色が毎日でも見られる

自宅の前はオロロンライン沿いとはいえ市街地ですが、10分も走れば市街地を出て、見渡す限り誰もいないことすらあるあの景色です。素敵。

渋滞のない日帰り旅を満喫

そのまま南下して羽幌で山側、霧立峠を貫く国道239号へと入り、士別に出たら国道40号を北上して帰ってくる。これで400kmほどですが、どこにも渋滞などありません。すんなり日帰りで走れます。バイクの水温はいつだって最低、燃費はいつだって最高。なんて素敵なんでしょう。

悪かったこと

何事も度を過ぎれば、ね。

タイヤの真ん中だけが減っていく

地図を見ていただければわかりますが、旅の始まりとなる日本海オロロンラインの南下では真っ直ぐな道が100km以上続きます。上述した羽幌までで130km、留萌まで行くなら180kmです。当然ですが帰ってくるときにも同じ距離を真っ直ぐ走ってくるわけで、旅するたびにタイヤの真ん中が激しく減っていきます。今まで何セットもタイヤを替えてきましたが、悲しいほどに真ん中だけが減ります。

ちなみに稚内から日本海オロロンラインではなく、真ん中の国道40号や、オホーツク海沿いの国道238号を選んでも真っ直ぐな道は100km以上。稚内に住む限り、センターのスリップサインだけが現れる悲しい減り方は避けられません。尤も、北海道全域でこの傾向はあるんですけどね。

真っ直ぐに飽きる

年に1回、2回走るなら、うあーまっすぐだーって喜べるんでしょうけど。1シーズンで何回走るんだろうね、片道1回として30回ぐらいは走るんですかね。何もないただひたすら真っ直ぐな道なんて飽きますよ。この辺は乗っているバイクにもよるのかも知れませんが。私の場合、VFR800F、CBR1000RR-R Firebladeといずれも直線を楽しむバイクではありませんからねぇ。

疲れて帰ってくるとき、手塩以北の本当に何もない原野を走る70kmなんて苦行。でも、稚内市街地に入る直前の夕日が丘パーキングあたりで、耐久レースで最終コーナーを回ったが如くアクセルを緩め、上体を起こし、「ただいまー」とヘルメットの中で言うのはいつでも達成感があるものです。真っ直ぐなことには飽きますが、真っ直ぐな道を走りきることはいつだってそんなに悪くはなかったです。

虫、虫、虫

北海道を走ったことがある方ならご存じでしょうが、とにかく虫が多く、夏に100kmも走ればバイクもヘルメットもジャケットもパンツも虫、虫だらけ。この傾向は北に行くほど強く、オロロンライン沿いで言えば留萌以北あたりは虫虫虫虫虫って感じですよ。おかげで頻繁に洗車するし、ジャケットとパンツはレザーだしちゃんとお手入れもするし*1と、趣味としては悪くない方向に振れている気もしますが。

気持ちよく走れるのはとにかく最高

オロロンライン沿いに住んでみて、バイクで走るって最高だなって思えた場面の方が圧倒的に多い気がします。なんだかんだ言いながらも、いつも楽しかったですよ。

ただ、稚内だとディーラーまで遠すぎるんですよね。最寄りのホンダドリーム、旭川までは240km。私がお世話になっている札幌は330km。オロロンライン沿いに住むなら、羽幌か留萌あたりがいいんじゃないですかね。


休憩のたびシールドを清掃するため、シルコット アルコールタイプをバッグに入れてあります。

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*1:レザーなら虫がどれだけつこうとも濡れタオルで拭って綺麗にできる。

稚内での生活に車は必要か

弘前稚内と来て、相変わらず車を持たずに生活している私がこの問いに答えるべき時が来たようです。

否、不要だよ

車を持たずに6年近く生きてきた人がここに実在しているのだから、必要かと問われれば答えは否であり、不要であります。たまに会う階下の人も、車を持ってないけど生きてらっしゃいますね。生活に車が必要なら私たちは死んでいなければなりません。

私の周りに歩いて数分のコンビニまで車で行く人たちがいるのは弘前稚内も変わらないのですが、必要か否かの主張には温度差が多少あります。弘前では「まあ持ってない人もいるけど」ぐらいですが、稚内ではきっぱり「必要」ってところですかね。何にせよ、生活必需品と感じているようです。

ところが弘前稚内都道府県で言い換えれば青森県と北海道は、意外と車が普及していない地域なんです。自動車検査登録情報協会の「自家用乗用車の世帯当たり普及台数(2023年3月末現在)」によれば、青森県は全国で32位の世帯あたり1.214台、北海道は40位で0.993台です。ちなみにさらに前に暮らしていた東京都は0.416台、埼玉県は0.933台です。北海道と埼玉県はあまり変わらないのか。都道府県と範囲が広がっているとは言え、必要性を裏付けるには厳しい印象がありますね。

悲劇のヒロインになりたい

では彼らはなぜ、必要だと言い切るのでしょうか。

一つは単純に「私には必要」です。質問が正しく受け取られておらず、言葉通りの要否ではなく、個人の価値観を答えているわけですね。これは仕方ない。うん、「必要」なんだよ。

もう一つが厄介な思考をなさる方々です。「コンビニやスーパーまでどれだけ離れていると思ってるの?」とか言う人たちね。いや、そんな離れてないよ、市街地では。稚内での生活と言われて、市街地ではなく、集落ですらなくポツンポツンと家屋が出てくるような道道1199号沿いみたいなのを例示するのはおかしい。彼らに「じゃあ東京ではどうだろう?」と問えば「不要」って答えるのでしょうが、奥多摩の山奥を意識していますかね。東京は公共交通機関が発達しているとお思いでしょうが、島嶼部を意識していますかね。たいていの人が住むのが市街地であり、代表例、一般論としては市街地を取り上げるのが前提なんですよ。いくらおかしい彼らでも、本当はわかっている、と、優しく思いたい。

ではなぜ、そんな無理な必要論を展開するのか。必要でないものを必要と訴えるのか。都会にはない苦労がここにはあるんだよって、恵まれない気持ちの表現なのでは。悲劇のヒロインになって慰めて欲しいのでは。例えば東京と稚内を比べたら、確かにあらゆる点で稚内での生活は不便です。私も稚内の方が便利だとは思いません。生活の話をするに当たって、その思いの吐露を避けることができないのでは。車がないと何もできないような不便なところで大変な思いをして暮らしているんです。可哀相でしょ、私たち。ってね。

仮に車が不要だと認めれば、車は奢侈品となり、自分たちは贅沢しているという表現になる。車が必要かとの問いは相対的に都会の人たちから降りかかるものであり、問いかける人より生活で苦労しているとの思いがあるのに、当然に贅沢しているという表現はしがたい。そんなことは明確に自覚していないのでしょうが、故に、とにかく必要との主張にこだわる。これが稚内で暮らしてきた末に私が得た結論です。弘前稚内の温度差もこれで説明できますよね。

車を持つにしたって、生活上の移動に必要なためだけであれば、多くの人はアルトの最低グレードでもあれば十分なはず。しかし車が必要だとのたまう方々の乗る車はどうでしょう。街を走っている車はどうでしょう。この観点からも車が必要だという主張は怪しいのですよ。

尤も、悲劇のヒロインになりたい気持ち、毎日贅沢していると表現しがたい価値観は、彼ら特有のものではないのだと思います。その根幹に何があるのかはわかりませんが。清貧なのかね。まあ、それは何でもいいんです。無駄遣いしていますって、言いがたい空気が我が国にはありませんか。特に昨今、コスパだタイパだ言われ、無駄の行き場がなくなっていませんか。無駄こそが文化である。無駄遣いは文化を紡ぐ行為である。堂々と「必要ないけど、あると便利だから」でいいと思うんですけどね。

今、改めての結論

稚内のでの生活に車は不要だけど、あると便利だと思う人が多いよ。渋滞とは無縁の環境なのでどこでも車で行けちゃう。

歩くことに慣れていれば、車がなくて困るって感じもないかな。車を持たない分、他の無駄遣いをする選択肢もあるよ。

ちなみに稚内の市街地は結構バスが走ってる。バスで通勤している人もいるよ。


地図、あまり使わなかったなぁ。

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Merry Christmasではなくメリークリスマス

昨日、おっと、日付は変わって一昨日か、炭素回収技術研究機構(CRRA)の村木風海氏の名前を見かけて思い出しました。実は彼と私は同期なんですよ。

と言っても、大学改革支援・学位授与機構への学位授与申請が同じ2023年度4月期だってことなんですが。それで思い出したのが、彼は学位取得後、提出した学修成果レポートを公開すると言っていたことです。己のを公開するぐらいですから、他人のはもちろん読みたい。

期待外れから得る教訓

どうなったのかな、公開されているのかな、と見に行ったのですが。

Muraki, K. Methane production from carbon dioxide using aluminum foil. To be submitted.

本論文の経過補足:

実験は2017年に、広島大学のご協力の下行いました.

その後投稿の機会を窺っていましたが, 学位授与機構の条件として, 学位論文として提出する論文はジャーナル投稿前に限るという要件があり, 私自身の学士号取得の為に投稿することができないままいました. 本年度に学位取得後はすぐにジャーナルに投稿し, 発表予定です.

(炭素回収技術研究機構「機構長プロフィール」より)

んー。どうやら学士の学位を取得できていないのでは。

Google先生に聞いてみても彼が学位を取得したという情報は得られませんでした。

いろいろな見方があるかとは思いますが、私は彼の学力が学士の水準に対して十分なものだろうと見ています。東京大学理科一類および工学部で学位授与申請に必要な124単位以上を修得しているのですから。我が国で屈指の難関大学で、数学、物理学、化学を修めているわけです。少なくとも私など足下にも及ばない。

その彼が、先の記事の通りそこまで難度が高くないであろう学位授与試験を、学力を理由に落とすとはどうにも考えにくい。ではなぜ学位を得られていないのだろうか。

推測に推測を重ねるわけですが。彼の学修成果レポートが上述引用部の通りの表題で、学位授与申請に通らなかったのでは。学修成果レポートは日本語で作成しないとならないんですよ。

この手の話はバカにするようなことではなく、結構やらかしがちです。私などは日本語でしか書けないから同様の誤りはあり得ませんし、作成アプリケーション検討のため様式を細かくチェックしたりするのですが。Twitterか何かで申請不受理となった理由がレポートの様式、ページ数にあったような話を見かけた記憶もあります。

申請条件への適合が甘いと32,000円と半年を失いかねないので、今後申請を考えている人は地味な話ですが『新しい学士への途 学位授与申請案内』を申請前に読み返すべきです。条件を誤って思い込んでいること、まさに意外とありますからね。

なお、彼がその後10月期に申請していれば、結果が出るのは来年2月下旬。学修成果レポートが読めることを楽しみにしたいと思います。


私が昨日、今年のクリスマスイヴに買ったプレゼント。ではみなさん、メリークリスマス。よい夜を。

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学修成果レポートの長いあとがき

じんぐっべー、じんぐっべー、すっずっがーなるー。

昨日公開した学修成果レポートについて、言い訳する時間がやってきたよ。

テーマと弱い結論

現役の臨床看護師なので、臨床からネタを持ってくるってのは自然なところだと思います。身近にこんな問題があって、それは割と世間で共通の問題で、原因はこうで、解決策はこうかな。という流れがいいよね。ってことで、身近な問題から身体拘束を取り上げてみました。

私は本当に身体拘束が嫌いで、やむを得ず本人に了解を得られた場合*1以外は縛りたくないんです。そこには違法性の認識もありますが、必要性への疑問もあるのです。急性期一般入院料1をもらって治療をする中で、身体拘束は治療に必要なのか、寄与しているのか。大体答えは否だと思うんですよ。

加えて身体拘束を巡る看護師の認識には許されない問題があるという感覚を持っていました。法治国家である我が国において度しがたい問題、それは拘束をする看護師に違法性の認識がないということ。法は知らなかったでは済まされません。済まされるなら殺し放題、スピード出し放題ですよ。そんなバカなと思うでしょうが、院内では縛り放題になっている。このことを見聞きした情報だけではなく、確固たるデータとして示せたらそれなりのレポートになるかな。とfeasibility studyしてみたところ、結構いけそうだということで書くに至りました。

結果、それなりの論拠で法は知らずに縛り放題、それでも縛るのは好ましくないと感じつつ縛ってしまう言い訳のお気持ち表明が横行していることを示せました。「思う」とか「感じる」ってのを「である」って置き換えられたことには高い価値があります。

余談ですが、看護学生時代の同級生が、身体拘束に否定的な意見を否定しているのとか見るの、結構悲しいですよ。お前はどこで違法行為に手を染めるようになってしまったんだって話ですからね。

一方、根本にお気持ち問題が絡んでいるので、臨床現場での対策はどうしても弱いものになってしまったなとは感じています。私が横断歩道を渡ろうと待っていても車を止めない連中に、私が有効に働きかける方法はありませんよね。その場だけなら、大きく手を振るとか、思い切って前に出るとか、ありますけど。そういうことです。

くどい引用記法

今回、多くの引用で「Authorによれば、あれやこれやである(Author, yyyy)。」という記法を用いています。一般的には「Author(yyyy)によれば、あれやこれやである。」か「あれやこれやである(Author, yyyy)。」ではありませんか。そう理解しつつも今回のくどい記法を採用した理由は、『新しい学士への途 学位授与申請案内 令和5年度版』において引用について妙にうるさく書かれているからです。念のため、極めて明らかな方法をとりました。

妙にうるさく書かれている理由が、過去にやらかしてしまう学生が結構多かったが故なのか、何なのか、不明です。赤信号を渡るなってのを延々と注意書きされているような状況に警戒しないわけにもいきません。『新しい学士への途』に具体的指示を伴う説明がない以上、従うべきは法令のみということになり、引用部と出典が明確なら形式はどうでもいい。そこで美しくない気がしながらも、安全側に倒した結果ですね。何となく、過去のやらかし由来で、わかっていれば気にしなくてもよいのかなと思いつつ。

こういう場面で先例があると助かるのですが、それもなかったので。今回一つの例を公開したことで、後進の方々が悩まず進める一助となれば嬉しいですね。

試験前の読み直しで気づいた過ち

参考文献として挙げたMarques et al., 2017はシステマティック・レビューで、その対象としてSze et al., 2012(これもシステマティック・レビュー)が含まれている。それにもかかわらず2本を論拠として並列に挙げています。なぜ書いていたときに気づかなかった。

試験で気づかされた今後の課題

締めの「今後の課題としたい」はお約束ですが、この課題設定が言い訳になっているなとは書いたときから思っていました。これは私が看護倫理病にかかりかけていたが故のことで、法とデータだ! 倫理なんて知ったこっちゃないぜ! という勢いで押し切れなかったんですよね。拘束と倫理を結びつけないことは手落ちなのではないかという気弱な不安から「看護という領域では倫理に関する議論が活発であり、倫理的観点を含んだ場合に、身体拘束を減らすための方策にも上述主張に比して広がりを得られる可能性がある。」としました。審査を通すための方便とも考えていたわけです。

学位授与試験が凄いところは、一人一人のレポートに合わせた試験問題であることはもちろん、その内容が鋭く学びに繋がるということなんでしょうね。私は2問出されて、1問は本人確認であろう内容の要約。もう1問は身体拘束が全廃されたとして、転倒転落やチューブ類を防止するために有効な看護、看護を行う看護師へのアプローチを説明せよというもの。いやはや、今後の課題はこれですよね。お恥ずかしい。

押すと決めたら押し切らないとダメ。ごまかすような付け足しなど達人には通用しないと痛感するとともに、試験を本当に楽しむことができました。

書いてよかったと思えたことが収穫

当初、果たして本当に臨床で有効な方策が導き出せるのだろうかと思っていました。書き進めるとその思いは強くなる一方で、いやいや、これ本当に役立つの? と。自身疑ってかかったところは「Ⅳ 身体拘束を減らす方策への批判に応える」にも含まれていて、その回答も書いているときにもどうなんだろうと思っていました。

でも、書き終えて、通して読み直すと、臨床の視点からもなるほど意外といけるのかも知れないなって方策になってたんですよね。今回一番効いたのは「身体拘束を行うよう仕向ける同調圧力の存在を示唆している」と言えたことですね。臨床の看護師にはそういう感覚を持っている人が私以外にもいるだろうと思うのですが、そこを理路整然と取り上げて、対策を考えられたことは凄くよかったなと。我が道はまだ長い。どこかで試す機会もあることでしょう。

今回レポートを書くに当たり、お作法をおさらいするために読んだ『最新版 論文の教室 レポートから卒論まで』。

その著者である戸田山和久がある対談の中で、私がよかったと感じた背景の重要性を話していました。

 卒論を書いてもらうことにはきちんとした意義があります。研究者にならない人に卒論を書いてもらわなくてもいいんじゃない? という意見もありますが、私は違うと思う。山内さんも書いている通り、卒業論文は学術論文ではないので、オリジナリティなど必要ありません。結論はありきたりのものでもいいし、誰かがすでに言っていることでもいい。そこまでの材料を自分で調べて、それをまとめて、構造を作っていくということが卒論の大切なところなんです。そのスキルは他のことに転用できるわけですから。

NHK出版 書籍編集部「「論文を書く力」は、一生もののスキルです!――対談:山内志朗×戸田山和久(後編) 」より)

学修成果レポートで求められていることはまさにこれですよね。

学修成果レポートをこれから書く人たちへ

試験まで受けて感じたのは、学修成果レポートでは単純に学問しているのかを評価したいんじゃないのかなってこと。4年制大学卒業、学士の水準ってのはそのあたりで、出来の良し悪し、論考の巧拙までは踏み込まれないのでは。

故に少し軽い気持ちで書いてみてはいかがでしょ。

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*1:インフォームドコンセントがどうのと抜かす連中が本人以外から得た署名をもってして縛ることを正当化して、どこにinformed consentがあると言えるのだろう。