夜勤病棟の女神様(仮)

ひよっこナースの日常

サンタではないから学修成果レポート全文公開

Merry Christmas!

ちょっと早いけど予告通り、大学改革支援・学位授与機構の学位授与申請に挑戦している人たちへのプレゼント。

当方が学位授与申請で提出した学修成果レポート全文、要旨と本文を公開いたします。

ざっとウェブを検索した限り、全文公開している例は見つけられませんでした。まあ気持ちはわかります。私のにしたって出来がいいとは思っていませんし、昨今そんなものを晒して得られる可能性があるのは非難めいた反応ばかりでしょうしね。

それでも私が公開に踏み切るのは

  • ぼっち学修者にとって先例は何にも代えがたい灯火
  • 何であろうとウェブに公開されているものは財産

と信じているからです。前者は今回学位を目指していて感じていたことであり、後者は『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』を観て懐かしく思う心が育んできた精神ですかね。

その辺のあれこれや、解説というか言い訳というか今にして言えることは次回。まずはとにかく学修成果レポートをお届けいたします。

専攻

テーマ名

急性期一般病棟で身体拘束を減らすため、臨床看護師に実行可能な方策

要旨

 本レポートでは急性期一般病棟で行われている患者の身体拘束を減らすために、臨床で働く看護師らによって実行可能な方策を検討し導出することを目的とする。まず背景として、身体拘束とは何か、身体拘束の実施状況、身体拘束を行うべきでない理由、身体拘束が行われる理由を明らかにする。その上で身体拘束を減らす方策を検討、主張する。次いで同方策に対して考えられる批判に応えることで、その有効性を主張する。

 身体拘束とは診療上の何らかの目的を達するため、拘束対象となる患者の身体をひもで縛る等して、患者の行動を制限する行為である。

 9割を超える病棟では何らかの身体拘束が行われている。対象となる患者は年齢が高く、認知機能が低い傾向にある。つまり我が国で増加傾向が続いている高齢者が拘束対象となっており、今後その対象数は増加すると考えられる。

 身体拘束を行うべきでない理由は二つある。一つは対象患者の人権を侵害する違法行為だからである。もう一つは対象患者の身体、精神および人生を害するからである。踏まえて、身体拘束の実施においては切迫性、非代替性、一時性という三つの要件が課されている。

 ところが実際には多くの病棟で身体拘束が実施されている。その理由は二つ考えられる。一つめは身体拘束が違法性を指摘される行為にもかかわらず、看護師に違法性の認識が欠如しているためだ。しかし感情的には身体拘束が望ましくないと思っている。二つめは転倒転落やチューブ類抜去等、治療を中断しうる事故を防止するために身体拘束が必要と看護師が考えているためである。

 身体拘束を減らす方策は、拘束が行われる理由に対応して二つである。一つは身体拘束が可能との思考を是正するため、身体拘束を受ける体験学習を通じて身体拘束への忌避感を看護師に持たせることだ。違法性の理解を得るのは困難であると考えられ、身体拘束を望ましくないと思っている感情を強化する。もう一つは身体拘束で転倒転落は防げないという研究結果の提示である。勉強会により科学的な根拠を広めることで、看護師の持つ身体拘束が有効であるとの妄信を取り除く。

 二つの方策への批判としては次の四点を挙げた。法的な理解ではなくて感情的な解決を目指してよいのか。科学的な研究結果は看護師の行動に影響を与えうるのか。研究結果は転倒転落以外の状況について示していない。体験学習や勉強会で看護師の行動が変えられるのか。それぞれに対して主張した方策の有効性を説明する。

Ⅰ はじめに

 本レポートでは急性期一般病棟で行われている患者の身体拘束を減らすために、臨床で働く看護師らによって実行可能な方策を検討し導出することを目的とする。まず身体拘束に関する背景として、身体拘束とは何か、身体拘束の実施状況、身体拘束を行うべきでない理由、身体拘束が行われる理由を明らかにする(第Ⅱ節)。その上で身体拘束を行う理由を失わせることで身体拘束を減らす方策を検討、主張する(第Ⅲ節)。次いで同方策に対して考えられる批判に応えることで、その有効性を主張する(第Ⅳ節)。

 看護師は病院組織の一員として身体拘束を行っていることから、組織においてトップダウンで身体拘束を禁止することが身体拘束を減らすために最も有効であろう。しかし現状では身体拘束が広く行われており、この傾向は近年急激に生じたものでもない。よって幾多の組織で直ちにトップが身体拘束を禁止することは非現実的だと考えられる。このような状況下にあっても身体拘束を減少させることが必要と筆者は考え、臨床現場の看護師らで試みることのできる方策を検討した。

Ⅱ 身体拘束の背景

1 身体拘束とは何か

 本レポートにおいて検討の対象となる身体拘束とは、診療上の何らかの目的を達するため患者に対して実施される行為であって、拘束対象となる患者の行動を制限する行為である。身体拘束が具体的に何であるかは厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」により11の行為が挙げられており、本レポートにおいても次に示す11行為を身体拘束として定義する。

①徘徊しないように、車いすやいす、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。

②転落しないように、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。

③自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)等で囲む。

④点滴・経管栄養のチューブを抜かないように、四肢をひも等で縛る。

⑤点滴・経管栄養のチューブを抜かないように、または皮膚をかきむしらないように、手指の機能を制限するミトン型の手袋等をつける。

車いすやいすからずり落ちたり、立ち上がったりしないように、Y字型拘束帯や腰ベルト、車いすテーブルをつける。

⑦立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるようないすを使用する。

⑧脱衣やおむつはずしを制限するために、介護衣(つなぎ服)を着せる。

⑨他人への迷惑行為を防ぐために、ベッドなどに体幹や四肢をひも等で縛る。

⑩行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる。

⑪自分の意思で開けることのできない居室等に隔離する。

厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」, 2001, p. 7)

 いずれの行為であっても病棟で患者に対して身体拘束を行うのは看護師である。看護師の判断によって身体拘束がなされる場合もあれば、医師の指示によってなされる場合もある(小藤, 2018, pp. 32–33; 松尾, 2011)。本レポートでは看護師の判断によって行われる身体拘束を検討対象とする。

 病棟における身体拘束が行われる場は幅広く、一般病棟、地域包括ケア病棟、回復期リハビリテーション病棟、医療療養病棟、精神病棟、重症心身障害病棟とあらゆる病棟で行われている。本レポートでは一般病棟、その中でも短期での疾病治療が目的の急性期患者が入院する急性期一般病棟を検討対象とする。

2 身体拘束の実施状況

 急性期一般病棟において、身体拘束はごくありふれたものとして実施されている。全日本病院協会による7対1および10対1看護体制の一般病棟59病棟における調査では、表1に示す通り、93.1%の病棟で身体拘束11行為のうちいずれかが実施されている。11行為の中でも特に、ミトン型手袋の装着は86.2%、ベッドを柵で囲むことは80.7%と高い実施率を示している。患者の自由な行動を大きく奪う、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る行為も転落防止を目的に57.9%と半数以上の病棟で行われていることが明らかにされている。

表1 身体拘束11行為について「行うことがある」と回答した病棟の割合(全日本病院協会, 2016, p. 15 図表12より)

身体拘束行為 行うことがある割合
1)徘徊しないよう車椅子・椅子・ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る 57.1%
2)転落しないよう体幹や四肢をひも等で縛る 57.9%
3)ベッドの四方を柵や壁で囲む 80.7%
4)チューブを抜かないよう四肢をひも等で縛る 63.8%
5)手指の機能を制限するミトン型の手袋等 86.2%
6)Y字型抑制帯や腰ベルト、車いすテーブルをつける 72.4%
7)立ち上がりを妨げるような椅子を使用 36.2%
8)介護衣(つなぎ服)を着せる 62.1%
9)他人への迷惑行為を防ぐためベッドなどに体幹や四肢をひも等で縛る 24.1%
10)向精神薬の多剤併用 58.6%
11)自分の意思で開けることのできない居室等に隔離 3.4%
1~11のうち1つ以上を実施 93.1%

 身体拘束は拘束対象患者が何かをしないようにと同患者の自由を奪うべく行われる。身体拘束11行為の説明に何かをしないようにとの表現が並んでいることからも、自由を奪う意図があるのは明白である。看護師から見て診療上行って欲しくないことを行う患者に対して、その行って欲しくないことを行う能力を抑制する行為が身体拘束である。例えば最大の実施率を示したミトン型手袋の装着について考えてみよう。末梢静脈点滴に用いるチューブを引っ張る可能性がある患者に対して、引っ張るために要される手指で物を掴む能力を抑制すべく、手指1本1本を独立して動かせなくする、さらには手指の関節屈曲を不完全なものにするためにミトン型手袋が装着されるのだ。

 身体拘束の対象となる患者は主に高齢者である。身体拘束が行われる背景には、診療上の指示に応じるのに十分な認知機能を有さない患者の存在、つまり主には認知機能が低下した高齢者の存在がある。高齢であれば高齢であるほど自然に認知機能低下が生じる傾向がある上、病的な認知機能低下を伴う認知症罹患率も高まる。入院や手術の直後等に、一時的に認知機能の低下を来すせん妄を起こす可能性も高い。齋藤・鈴木は身体拘束対象患者の特性に年齢の高さ、改訂長谷川式簡易知能評価スケールにおける評価の低さを挙げている(齋藤・鈴木, 2019)。

 そして高齢の入院患者は増加傾向にある。若年者に比べ高齢者の方が有病率が高いため、短期での疾病治療が目的の急性期一般病棟であっても入院患者には高齢者が多い。さらに我が国の高齢化率は約3割に達しており、今なお年を追うごとに上昇している。国の高齢化は入院患者の増加と高齢化にも繋がる。よって身体拘束対象となりやすい高齢入院患者は増加する傾向にあると言える。

3 身体拘束を行うべきでない理由

 身体拘束は行うべきでないと考える。その理由は二つある。

 まず一つに、身体拘束対象患者の人権を侵害する違法行為だからである。山本によれば個人の尊重を定めた日本国憲法第13条、身体の自由を定めた憲法31条、逮捕監禁を犯罪とする刑法第220条等により、身体拘束が我が国の法令に対して違反すると原則的には考えられる(山本, 2011)。

 もう一つとして考えられるのは、身体拘束対象患者の身体、精神および人生を害するからである。身体拘束は厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」によれば身体的および精神的な弊害を生じさせ(厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」, 2001, p. 6)、Lüdecke et al.によるとQuality of Life、つまり人生の質を低下させる(Lüdecke et al., 2019)。身体拘束は主に一定の場所、姿勢から動けないように患者の動作を制限するものである。よって拘縮や筋力低下といった身体機能の低下や、褥瘡を患者の身体に発生させる可能性がある。また自由を奪われることによる意欲低下、認知機能低下やせん妄が患者に生ずる可能性を高める。急性期一般病棟が目標とすることは患者の疾病治療、回復、そして早期退院であり、医療は人生の質の向上を目標に提供するものである。身体拘束は目標に対して逆行する行為であると言える。

 以上二つの理由を踏まえて、厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」は身体拘束の実施に対して、次に示す切迫性、非代替性、一時性の三つの要件を課している。

切迫性 利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと

*「切迫性」の判断を行う場合には、身体拘束を行うことにより本人の日常生活に与える悪影響を勘案し、それでもなお身体拘束を行うことが必要となる程度まで利用者本人等の生命または身体が危険にさらされる可能性が高いことを、確認する必要がある。

非代替性 身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと

*「非代替性」の判断を行う場合には、いかなるときでも、まずは身体拘束を行わずに介護するすべての方法の可能性を検討し、利用者本人等の生命または身体を保護するという観点から、他に代替手法が存在しないことを複数のスタッフで確認する必要がある。

 また拘束の方法自体も、本人の状態像等に応じて最も制限の少ない方法により行われなければならない。

一時性 身体拘束その他の行動制限が一時なものであること

*「一時性」の判断を行う場合には、本人の状態像等に応じて必要とされる最も短い拘束時間を想定する必要がある。

厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」, 2001, p. 22)

4 身体拘束が行われている理由

 身体拘束には違法性、治療に対する逆行性があるにもかかわらず、身体拘束が行われ続けているのはなぜだろうか。全日本病院協会による調査では身体拘束11行為にそれぞれ対して「理由を問わずに避けるべき」と答えた7対1および10対1看護体制の一般病棟の割合は表2に示す通りである。ミトン型の手袋等を着ける行為に対しては避けるべきとの割合が最も低く、5.1%に留まった。つまり調査対象中94.9%の病棟で、看護師は何らかの理由に基づき身体拘束に該当する行為が可能だと考えていることになる。その理由が何であるかを二つの面から検討したい。第一の面は違法性が指摘される行為にもかかわらず身体拘束を実施可能と考える理由である。第二の面は患者に対して身体拘束が必要だと判断する理由である。

表2 身体拘束11行為について「理由を問わず避けるべき」と回答した病棟の割合(全日本病院協会, 2016, p. 18 図表16より)

身体拘束行為 避けるべきとする割合
1)徘徊しないよう車椅子・椅子・ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る 39.0%
2)転落しないよう体幹や四肢をひも等で縛る 29.3%
3)ベッドの四方を柵や壁で囲む 13.8%
4)チューブを抜かないよう四肢をひも等で縛る 32.2%
5)手指の機能を制限するミトン型の手袋等 5.1%
6)Y字型抑制帯や腰ベルト、車いすテーブルをつける 13.6%
7)立ち上がりを妨げるような椅子を使用 40.7%
8)介護衣(つなぎ服)を着せる 16.9%
9)他人への迷惑行為を防ぐためベッドなどに体幹や四肢をひも等で縛る 54.2%
10)向精神薬の多剤併用 30.5%
11)自分の意思で開けることのできない居室等に隔離 78.0%

 第一に、違法性があるにもかかわらず看護師が身体拘束を実施可能と判断しているのはなぜか。看護師がその違法性を認識していないからである。松尾によると身体拘束を行う看護師は身体拘束対象となる患者を尊重できていないと感じている、患者に加え家族に対しても申し訳ないと思う等、身体拘束に後ろめたさを感じている(松尾, 2011)。一方で法令に反する可能性への懸念は示されていない。つまり身体拘束を望ましいものとは考えていない現状はあるが、望ましく考えない理由は看護師の感情的なものであり違法性ではない。

 違法性の観点からも身体拘束を制限すべく課されている三つの要件、切迫性、非代替性、一時性は身体拘束時に検討されているのだろうか。渡邊・齋藤によれば、三つの要件の満足が検討されることはない。生命の維持に危険を及ぼすことが予測されるとの切迫性の検討こそ含まれることがあったものの、非代替性や一時性の検討は含まれなかった(渡邊・齋藤, 2021)。

 第二に、身体拘束が必要と判断される理由は何であろうか。Nakanishi et al.による国内937病院における調査の結果を表3として示す。上位の理由は転倒転落を防ぐため、チューブ類抜去を防ぐためである。それぞれ関連する理由をまとめると、転倒転落を防ぐためが58.5%、チューブ類抜去を防ぐためが28.6%。この二つの理由が全体の87.1%を占めている。

 転倒転落およびチューブ類抜去を防ぐという理由は、治療が中断される可能性や外傷等の危害が加わる可能性、つまりは治療を受ける入院患者にとっての不利益を危惧したものである。身体拘束は急性期一般病棟が目標としている患者の疾病治療、回復、早期退院を達成するための手段の一つと位置づけられ、最善の診療のために身体拘束が必要だと判断されていると考えられる。

表3 身体拘束を行う理由(Nakanishi et al., 2018, Table 1より、筆者訳)

理由 全理由に占める割合
転倒転落の可能性 47.4%
チューブ類抜去の可能性 14.0%
チューブ類抜去したことがある 9.6%
転倒転落したことがある 5.9%
転倒転落しそうになったことがある 5.2%
チューブ類抜去しそうになったことがある 5.0%
糞便に関する問題行為 2.3%
徘徊 1.7%
脱衣 1.6%
暴言 0.9%
皮膚の掻破 0.8%
自傷 0.2%

 加えて、松尾によれば看護師には自分が身体拘束を行わないことによって事故を起こしたくないとの思いがある(松尾, 2011)。入院患者の転倒転落、チューブ類抜去は病棟において看護師が起こした事故として取り扱われる。高齢の患者は筋力低下により歩行時の転倒や離床時の転落を起こしやすい。認知機能が低下している患者は非日常的なチューブ類留置の必要性を理解することが難しく、チューブ類抜去を起こしやすい。彼らが起こす事故を防ぐためには問題となる動作ができないよう身体拘束すればよい。看護師はこのような思考を有しており、身体拘束が必要との判断に至っているものと推察される。

 また、松尾、渡邊・齋藤は、看護師が身体拘束を実施する際には他の看護師への慮りがあり、自分だけが身体拘束を行わない選択はしがたいとの思いがあると示している(松尾, 2011; 渡邊・齋藤, 2021)。看護師のこの思いは、身体拘束を行うよう仕向ける同調圧力の存在を示唆している。身体拘束が広く行われている現状を踏まえると、多くの病棟で同調圧力が身体拘束を促しているとも考えられる。

Ⅲ 身体拘束を減らす方策

 身体拘束は行われるべきものではないが、実際には多くの病棟で行われている。この隔たりを解消し、身体拘束を減らすための方策は何であろうか。上述の通り身体拘束が行われるのには理由がある。故にその理由が失われれば、身体拘束は行われなくなると考えられる。身体拘束を減らす方策として、二つの面から示した身体拘束が行われる理由一つずつについて、その理由を失わせる対策を検討したい。

 第一の策は身体拘束を実施可能と判断している思考の是正である。身体拘束の違法性を認識させることが直接的に有効であると言えるが、それが可能であるかは疑わしい。看護師は保健師助産師看護師法によって一定の行為を許される存在、法令によって生み出される存在、法令がなければ維持されない存在なのである。故に法令を理解していて当然であるはずの人々なのだ。それにもかかわらず法令の理解が不足している、身体拘束の違法性を認識していない現状にあって、改めて看護師に違法性の認識を求めるのは難しいのではなかろうか。違法性の啓蒙は重要だとしても、看護師の考え方を改める唯一の策としては脆弱であると言わざるを得ない。

 身体拘束を実施可能とする看護師も、身体拘束を望ましいものとは考えていない。そして望ましいものと考えない理由は感情的なものであった。踏まえて身体拘束が望ましくないとの感情を強化し、身体拘束を忌避させることは、身体拘束を実施可能と判断させないために有効であろうと考える。齋藤・佐藤は看護学生が実際に身体拘束を受ける演習を通じて、患者の恐怖や苦痛を実感し、身体拘束を行わない重要性について理解できたとしている(齋藤・佐藤, 2020)。看護師と看護学生を比較すると、臨床での実務経験の有無という差はある。しかし看護師も看護学生同様に身体拘束を望ましくないものと感情的に捉えている類似性がある。よって体験学習を通じて身体拘束を感情的に受け入れがたいものと捉えるよう看護師を導くことは、身体拘束に関する思考の是正策として有力であると考えられる。

 身体拘束の体験は学生の演習同様、病棟の看護師が実際に拘束されてみることを想定している。病棟の空き病床でも、拘束方法によってはナースステーションでも実施できる。拘束される体験を行う際には、拘束する体験をするものも現れる。身近な同僚の四肢をひも等で縛るとなれば、拘束する側の思考に影響を与えることも期待できる。この拘束の体験は臨床現場の看護師のみによって実施可能な策である。

 第二の策は身体拘束によって得ようとしている結果が実は得られないという研究結果の提示である。看護師は転倒転落の可能性やチューブ類抜去の可能性から身体拘束が必要と判断し、転倒転落やチューブ類抜去が起こる前に身体拘束を実施している。故に彼らは身体拘束を行わなかった場合に本当に転倒転落やチューブ類の抜去が起こるのか、その結果を知らない。言い換えれば身体拘束の有効性を検討、検証せず、身体拘束の有効性を妄信して身体拘束を行っている。しかし研究結果によれば身体拘束の有効性は彼らが信じているようなものではない。

 Sze et al.は様々な方法での身体拘束が患者の転倒に影響しないことを示している(Sze et al., 2012)。Marquesは高齢患者の転倒発生について、ベッドの柵を使用した場合と使用しない場合とで差を見いだせなかったとしている(Marques et al., 2017)。身体拘束を行う最上位理由は転倒転落の防止であるが、科学的には身体拘束で転倒転落が防げないと示されている。有効性を信じて身体拘束を必要と判断してきた看護師に対して身体拘束が有効ではないことを伝えられれば、彼らが身体拘束を必要と判断しなくなると考えられる。

 この方策の実施方法は看護師らによる勉強会や資料配付で情報を伝えていくこととなる。この策も臨床現場の看護師のみによって実施可能である。

Ⅳ 身体拘束を減らす方策への批判に応える

 本レポートでは身体拘束を減らす方策として二つの策を導出した。これらに対してはどのような批判が考えられるだろうか。四点を取り上げ、方策の有効性を論じたい。

 第一に、法的な是非の理解をさておいて感情的な解決を目指してよいのかという批判である。違法であるから行わないのが本来あって、やりたくないからやらないという状態に導くことは問題であるという批判だ。

 法令遵守という結果のために重要なことは、法に定められた範囲内での行動であり、違法となることをしないという行動である。違法性は行動に対して問われるものであり、感情に対して問われるものではない。そもそもどのような感情を各自の内面に抱くことも自由であると、日本国憲法第19条で保障されている。例えば筆者が何者かを殺したいと考えていたとして、殺すという行動を起こさなければ何ら問題はない。それどころか殺したいと考えることは法によって保障されているのである。感情に由来する思考による判断だとしても、看護師が身体拘束を行わなければ、事実として違法性のある身体拘束は行われていないのだ。もちろん患者において身体拘束による悪影響が生じることもない。身体拘束を減らすという観点からは問題ないのである。

 第二に、科学的な研究結果という情報が看護師の行動に影響を与えられるのかという批判である。すでに論じたように違法性の理解すら乏しい看護師が科学的な根拠で行動を変えうるのだろうか。

 確かに、科学的な研究結果に理解を得られぬ可能性は否定できない。しかし看護師が身体拘束を行う理由を挙げる中で、身体拘束が科学的に有効ではないとの情報を含んではいなかった。看護師養成課程で用いられる教科書においても、身体拘束を廃止すべきとの解説や三つの要件の説明はあるが、身体拘束が科学的に有効ではない場面があることについては記されていない(北川他, 2018, pp. 60–63; 堀内他, 2023, pp. 344–348; 水谷他, 2022, pp. 78–83)。臨床にある看護師は身体拘束が科学的に有効ではないとの情報に触れたことがない可能性がある。故に看護師が新たな情報を得ることで身体拘束の実施について再検討することは期待できるだろう。

 第三に、先に挙げた研究結果は転倒転落に関するものであって、それ以外の事態、例えばチューブ類抜去についての有効性を示すものではないとの批判である。

 これは批判の通りである。しかし本レポートの検討目的は身体拘束を減らすことである。身体拘束をなくすことは最高の到達点だと言えるが、目的においてそこまでは求めていない。先に示した通り、身体拘束を要するとの判断に至る理由の約6割が転倒転落を防ぐためである。次点の理由となるチューブ類抜去を防ぐためと比しても約2倍の割合なのだ。それだけ大きな割合を占める転倒転落対策において身体拘束が有効でないと示せることは、身体拘束を減らすのに十分に寄与すると考えられる。

 第四に、体験学習や勉強会で看護師の行動に影響を与えられるのかという批判である。

 小藤は各自のe-Learning受講や各部署での勉強会、高齢者体験スーツを用いた体験学習会は身体拘束を減らすことに有効であったとしている(小藤, 2018, pp. 39–43)。小藤の示した例はトップダウンで身体拘束の全廃を目指していた状況下にあり(小藤, 2018, pp. 14–15)、本レポートで想定している組織のトップが身体拘束を減らすことに強い意志を持たない状況下で同等の効果を期待されるものではないだろう。しかし身体拘束を行う理由に他の看護師への慮り、周囲の看護師との同調が含まれていたことを踏まえると、一定の効果は期待できるものと考える。任意の看護師が直接関わる範囲の看護師、例えば同一病棟内の看護師らが勉強会等によって一斉に身体拘束では転倒を防げないとの情報を得れば、同調効果を得て多くの看護師が身体拘束を行わない方向へと行動を変える可能性はある。

Ⅴ まとめ

 本レポートでは急性期一般病棟における患者の身体拘束とは何か、身体拘束の実施状況、身体拘束を行うべきでない理由と行われている理由を明らかにした。また臨床で働く看護師らによって実行可能な身体拘束を減らすための方策を検討した。

 病棟における身体拘束をなくそうとしたとき、本レポートで検討の前提とした臨床の看護師らによる手法のみでは不十分であることは否めないだろう。冒頭で論じた通り、トップダウンでの施策が最も有効であり、必要であると考える。しかしトップダウンで身体拘束の撲滅を目指す際にも、臨床現場への浸透を図る場面で本レポートでの主張は有用であると確信している。

 本レポートでは身体拘束を行うべきでない理由として、違法性と治療に対する逆行性を示した。事実として、目に見える事象として現れるものを取り上げた故の理由である。しかし身体拘束を行うべきでない理由はさらに深い検討が可能な論点である。身体拘束を一般的な表現として言い換えれば、他人の自由を奪うことだ。自由は不可侵なものか否か。これは倫理の問題でもある。違法性を有する背景とも併せて、倫理的観点による身体拘束を行うべきでない理由の検討も重要だと考えられる。看護という領域では倫理に関する議論が活発であり、倫理的観点を含んだ場合に、身体拘束を減らすための方策にも上述主張に比して広がりを得られる可能性がある。この点は今後の課題としたい。

参考文献

  • 北川 公子, 荒木 亜紀, 井出 訓, 植田 恵, 岡本 充子, 小野 光美, 北村 有香, 桑田 美代子, 佐々木 八千代, 白井 みどり, 末弘 理惠, 菅原 峰子, 高岡 哲子, 竹田 恵子, 長瀬 亜岐, 長畑 多代, 萩野 悦子, 原 等子, 松岡 千代, ...吉岡 佐知子. (2018). 老年看護学 第9版. 医学書院.
  • 厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」. (2001). 身体拘束ゼロへの手引き 高齢者ケアに関わる全ての人に.
  • 小藤 幹恵 (編集). (2018). 急性期病院で実現した身体抑制のない看護 金沢大学附属病院で続く挑戦. 日本看護協会出版会.
  • 齋藤 甚, 鈴木 久義. (2019). 入院患者における身体拘束に関連する要因の検討. 日本老年医学会雑誌, 56(3), 283–289.
  • 齋藤 美華, 佐藤 千穂. (2020). 学生主体による高齢者の身体拘束に関する演習をとおした学生の学び. 老年看護学, 25(2), 132–139.
  • 全日本病院協会. (2016). 身体拘束ゼロの実践に伴う課題に関する調査研究事業 報告書.
  • 堀内 ふき, 諏訪 さゆり, 山本 恵子 (編集). (2023). 老年看護学(2)高齢者看護の実践 第6版. メディカ出版.
  • 松尾 香奈. (2011). 一般病棟において看護師が体験した認知症高齢者への対応の困難さ. 日本赤十字看護大学紀要, 25, 103–110.
  • 水谷 信子, 水野 敏子, 高山 成子 (監修), 三重野 英子, 會田 信子, 深堀 浩樹 (編集). (2022). 最新 老年看護学 第4版 2022年版. 日本看護協会出版会.
  • 山本 克司. (2011). 医療・介護における身体拘束の人権的視点からの検討 一宮身体拘束事件判決を参考にして. 帝京法学, 27(2), 111–138.
  • 渡邊 智子, 齋藤 美華. (2021). 中小規模病院の一般病床における看護職の高齢者の身体拘束を開始するきっかけと判断理由. 老年看護学, 26(1), 105–113.
  • Lüdecke, D., Poppele, G., Klein, J., & Kofahl, C. (2019). Quality of life of patients with dementia in acute hospitals in Germany: a non-randomised, case-control study comparing a regular ward with a special care ward with dementia care concept. BMJ Open, 9(9).
  • Marques, P., Queiros, C., Apostolo, J., & Cardoso, D. (2017). Effectiveness of bedrails in preventing falls among hospitalized older adults: a systematic review. JBI database of systematic reviews and implementation reports, 15(10), 2527–2554.
  • Nakanishi, M., Okumura, Y., & Ogawa, A. (2018). Physical restraint to patients with dementia in acute physical care settings: Effect of the financial incentive to acute care hospitals. International Psychogeriatrics, 30(7), 991–1000.
  • Sze, T. W., Leng, C. Y., & Lin, S. K. (2012). The effectiveness of physical restraints in reducing falls among adults in acute care hospitals and nursing homes: a systematic review. JBI library of systematic reviews, 10(5), 307–351.

おすすめ関連記事

nsns.hatenablog.com nsns.hatenablog.com nsns.hatenablog.com