夜勤病棟の女神様(仮)

ひよっこナースの日常

第111回看護師国家試験を味わう(4) 怪しさにお役所仕事を垣間見る(午後76)

三大なんちゃらの怪しさ

平成27年(2015年)時点での世界の三大感染症に入るのはどれか。

  1. ポリオ <急性灰白髄炎>
  2. マラリア
  3. 天然痘
  4. 麻疹

(第111回看護師国家試験 午後76)

「三大なんちゃら」とか来たら疑ってかかるのは基本。諸説あることは少なくありませんし、そもそも言ったもの勝ちなんてことも。

ちなみに受験者の選択率はメディックメディア「ネコナースの合格予報」(更新日 2022/3/05 19:34 解答者数 45546人)によると選択肢順に 9%、57%、14%、19% 。天然痘の世界根絶宣言がいまいち響いていない感じがするのは感染症の問題において悲しい気もしますね。

さて、早速「三大感染症」をsite:mlhw.go.jpにしてGoogle先生に聞いてみますと、「これが三大感染症です」という情報は出てきません。説明文書の中で単語は使われているけど、ぐらいの感じです。例を挙げましょう。

c 3 大感染症の状況

3大感染症であるHIV/AIDS、結核マラリアの状況は「表2-00 三大感染症のWHO西太平洋地域における比較」のとおりである。

厚生労働省大臣官房国際課「2009~2010年 海外情勢報告」 のうち 「フィリピン」 より)

もう1例。

(5)-1 グローバルファンドによる三大感染症対策への支援

○ 2000 年の九州・沖縄サミットで日本が提唱し、2002 年にエイズ結核マラリアの三大感染症対策のための資金支援機関として設立された「世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)」について、2012 年から 2016 年までの 5 か年計画で開発途上国における三大感染症から 1,000 万人を救うことが目標とされている中で、我が国として、第4次増資期間(2014 年~2016 年)も引き続き支援 23を推進し、開発途上国における三大感染症の予防・治療・ケアの実現や保健システム強化の促進を遅滞なく進める。【外務省】

(国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議「国際的に脅威となる感染症対策の強化に関する基本計画」 より)

これがもう種明かしになっていますが、厚労省の管轄は主に国内であるのに対し彼らの言う「三大感染症」は主に海外の問題。故に厚労省は積極的な情報発信を行っていないようです。三大感染症は外務省管轄。これぞ縦割り、お役所仕事。

1.三大感染症の現状

 HIVエイズ等の新しい感染症,また,近い将来克服されるとみられたにもかかわらず,再び大きな問題となっている結核マラリア等の再興感染症は,その伝播性や対策に要する経費負担の大きさから,一国のみで解決できる問題ではなく,世界各国が協力して対策を進めなければならない地球規模の問題です。特に開発途上国にとっては,住民一人一人の健康への驚異であるだけでなく,社会・経済開発への重大な阻害要因となっています。

HIVエイズ(2009年)

(1)世界のHIVエイズ感染・患者総数 3,330万人

(2)年間新規HIV感染者数 260万人

(3)2009年間エイズ死亡者数 180万人

[2010年 UNAIDS統計]

結核(2009年)

(1)年間発病者数 約940万人

(2)年間死亡者数 約170万人

[2010年 WHO世界結核対策報告書]

マラリア(2009年)

(1)年間罹患者数 2億2,500万人

(2)年間死亡者数 約78万人

[2010年 WHO世界マラリア報告書]

(外務省「三大感染症について」 より)

これが三大感染症であるという明確な説明がなされていないところにまたお役所仕事を感じてしまうわけですが、彼らの言う「三大感染症」とは

のことのようです。

意外なのは他の省庁の見解を無視した実績のある厚労省、看護師国家試験が、外務省の見解を引いていることです。省庁のヒエラルキーがあるんでしょうかねぇ。厚労省的認識としては外務省、厚労省経産省/環境省という序列? まあ、環境省なんか環境庁でしたからね。

何にせよ、上述を踏まえて正解は2。ここまで調べなくてもわかるだろうと言われそうな気もしますが、まだまだ調べてみましょう。

ちなみに英語圏での同様の表現はBig three infectious diseasesになるようです。*1

本当に三大感染症と言えるのか

三大感染症を勝手に定義するのは結構ですが、本当に三大というに値するのか、世界に最も影響を与える感染症3つなのかを調べてみましょう。WHOに死因と死者数統計を聞いてみます。データソースとしてWHO 「Global health estimates: Leading causes of death」 からダウンロード可能な Global Health Estimates 2019 Summary Tables を使用しました。

世界の感染症による死因 上位10(2015年)

Cause 死因 Deaths
1 Lower respiratory infections 下気道感染症 2,573,038
2 Diarrhoeal diseases 下痢性疾患 1,670,058
3 Tuberculosis 結核 1,310,239
4 HIV/AIDS 後天性免疫不全症候群 819,484
5 Malaria マラリア 459,077
6 Meningitis 髄膜炎 264,039
7 Measles 麻疹 155,912
8 Whooping cough 百日咳 116,087
9 Encephalitis 脳炎 73,383
10 Tetanus 破傷風 55,039

なるほど。疾患名で分類させたら結核HIV/AIDS、マラリアですかね。

Lower respiratory infectionsとDiarrhoeal diseasesはデータソースにおける最小の分類です。前者の代表例は気管支炎や肺炎、後者の代表例はコレラロタウイルス感染性胃腸炎、下痢原性大腸菌感染症、細菌性赤痢、腸チフスです。なぜここが細かく分類されないのかはわからなかったのですが、途上国では実際の鑑別が難しくカウントしきれないためなのでしょうか。

ついでに世界の死因 top 10 を見てみよう

同じデータソースから、看護師国家試験で出る感じの分類で「十大死因」を出してみましょう。まずは肴の問題の対象となった2015年から。

世界の死因 上位10(2015年)

Cause 死因 Deaths
1 Malignant neoplasms 悪性新生物 8,590,892
2 Ischaemic heart disease 虚血性心疾患 8,372,294
3 Stroke 脳卒中 5,848,042
4 Unintentional injuries 不慮の事故 3,076,592
5 Chronic obstructive pulmonary disease 慢性閉塞性肺疾患 3,014,102
6 Lower respiratory infections 下気道感染症 2,573,038
7 Diarrhoeal diseases 下痢性疾患 1,670,058
8 Alzheimer disease and other dementias アルツハイマー病およびその他認知症 1,338,979
9 Diabetes mellitus 糖尿病 1,333,241
10 Tuberculosis 結核 1,310,239

国内が悪性新生物、心疾患、肺炎、脳血管疾患、老衰であることを考えると、世界では不慮の事故が目立ちますね。そして日本では死因としてまず挙がらない下痢性疾患がかなり上にいるのが特徴的です。安全で清潔な国、日本です。さらに言うと、糖尿病とCOPD。いずれも日本でよく聞く病名ですが、これらが直接の死因となったというのは聞いたことがないかと思います。これが日本の医療水準を示しているのでしょう。

個人的に注目したのはAlzheimer disease and other dementias、そして老衰がないこと。老衰の英語表現はICD-10的にはR54 Age-related physical debility、ICD-11的にはMG2A Ageing associated decline in intrinsic capacityですが、データソースには項目が見当たりません。世界的には老衰を主な死因とすることはないってことなのでしょう。その代わりの如くあるのがAlzheimer disease and other dementias。日本語で認知症と書いてしまうと「え? 認知症で死ぬの?」と思われそうですが、認知症とは症状の呼び名ですからね。不可逆な脳の器質的変化、要は脳が壊れてしまうことが基礎にあると説明されれば死因としても納得がいくところでしょう。例えば肺や心臓に問題がある患者には昨今話題の人工呼吸器やECMOを使えば生命を維持することが可能となりますが、使わなければ死亡となります。認知症により自力で生活できなくなった人が介助を得れば生命を維持することが可能なりますが、介助がなければ死亡となります。そういうことですかね。

現時点で最新の2019年版はこちら。注目は三大感染症が上位10死因から消えたこと。

世界の死因 上位10(2019年)

Cause 死因 Deaths
1 Malignant neoplasms 悪性新生物 9,296,641
2 Ischaemic heart disease 虚血性心疾患 8,884,887
3 Stroke 脳卒中 6,193,978
4 Chronic obstructive pulmonary disease 慢性閉塞性肺疾患 3,227,873
5 Unintentional injuries 不慮の事故 3,159,247
6 Lower respiratory infections 下気道感染症 2,593,098
7 Alzheimer disease and other dementias アルツハイマー病およびその他認知症 1,639,085
8 Diarrhoeal diseases 下痢性疾患 1,519,229
9 Diabetes mellitus 糖尿病 1,496,094
10 Kidney diseases 腎臓病 1,334,324

もはや我々の敵は三大感染症にあらず。と言ってよいのだろうか。


「三大」で検索したら出てきた。政商ですよ。気になるじゃないか、読んでみよう。

おすすめ関連記事

nsns.hatenablog.com nsns.hatenablog.com nsns.hatenablog.com