夜勤病棟の女神様(仮)

てっぺんの街、ひよっこナースの日常

手術後わいせつ裁判が訴える、病院におけるCIO, 強い情シスの必要性

おっぱいしゃぶったの? しゃぶってないの?

今回は久々の長編。話題の裁判から見る看護師のお仕事とITのお話。

もう1ヶ月以上も前の話になりますが、準強制わいせつ罪に問われた乳腺外科医 関根進氏の控訴審で、東京高裁が懲役2年の実刑判決を言い渡しました。淡々と多くの裁判と同様に報じていく一般のメディア*1とは対称的に、医療関係のメディアは同氏の名前を伏せた上で概ねでは不当な判決であると言う論調で報じる*2という趣深い状況。報道、報の道は1本ではないのだなと妙に感心しながら各記事を読んでおりました。

言い方を変えますと医療方面が感情的な様を冷ややかに見ておりまして、日本医師会会長 中川俊男氏が「体が震えるほどの怒りを覚えた。日本医師会は判決が極めて遺憾であることを明確に申し上げ、今後全力で支援する」とおっしゃった*3なんて話は、もはやジョークかと。ふと視線を移せば、COVID-19への対応で科学的根拠に基づいた行動を求めていたはずの医療方面の連中が、ねぇ。そりゃあなたたちの言うことなんて誰も聞きませんよ。

有罪なのか無罪なのか、それを捌くのは裁判官であり、もちろん私ではありません。故に興味深く見守っているわけですが、関根進氏が上告して勝てるのかと言えば厳しいような気がします。そもそもが事実を争う裁判で、最高裁での上告審に出番があると素人には思えません。

この裁判、要は同氏が「患者のおっぱいしゃぶったの? しゃぶってないの?」というわかりやすい事実を争っているわけですが、患者は「しゃぶった!」、医師は「しゃぶってない!」と真っ向から対立。嘘ついてるのはどっちだ? と。

医師側は、患者も医師も嘘をついていない説を唱えるが

裁判の内容そのものは弁護士ドットコムニュース「乳腺外科医に逆転有罪、なぜ無罪判決はひっくり返ったのか? 判決文を読み解く」が詳しいのでそちらをご覧いただくとして。この裁判で看護師のある仕事が注目されており、今回はそのお話。

詳しく読む気がない方に向けて、医師側がどうやって「しゃぶってない!」を主張しているか。

  1. 患者は麻酔で寝ぼけており、医師におっぱいをしゃぶられる夢を見た
  2. 患者の言うことは患者の感覚では正しいが、この世で起こった事実ではない
  3. 医師はおっぱいをしゃぶっていない

こんな感じです。

高尚な裁判で争われるだけあり、一般的に言えばこの主張はあり得ることです。麻酔から目覚め始めたときの寝ぼけた状態、医療用語で言う「せん妄」状態に陥ることは珍しいことではありません。しかし今回の例で「寝ぼけていた」ことを証明できなければ医師の主張は通りませんよね。

では、患者は寝ぼけていたのでしょうか。シャキッと目覚めていたのでしょうか。

麻酔からの完全な覚醒を見守るのはだいたい看護師

ザックリ言うと、麻酔は麻酔薬を投与している間だけかかり、眠らせることができます。大きな注射器で絶えず麻酔薬を注入することで麻酔を維持します。この麻酔薬の投与をやめれば、麻酔は切れます。が、今以て麻酔の切れはそこまでよくなく、投与を終えた瞬間に麻酔が切れてシャキッと目が覚めるわけではありません。数分から30分もせずに会話ができるまで目覚めることが多いのですが、どうもシャキッとしない状況が続いたりもします。寝起きが悪い朝のような状況です。ある程度までの目覚めは麻酔科医が診てくれたりするわけですが、シャキッとしない状況が長引けばそれを見守るのは多くの病院で看護師です。件の裁判の例でも見守ったのは看護師だったようです。

この見守りというお仕事で、看護師はカルテに

  • hh:mm 患者は名前を呼ばれて、挨拶をされても「むにゃむにゃ」と言ってる。
  • hh:mm 患者は目をパチッと開いており、会話に応じる。発音も明瞭で聞き取りやすい。氏名、場所「○○病院」、日付「7月13日」を言える。

とか経過を書いていき、いつまでが寝ぼけていて、いつシャキッと目覚めたのかを記録します。あ、気付きました? カルテを見れば寝ぼけていたのか、わかるはずなのです。そこで裁判でも、カルテが紐解かれました。

事実を求めカルテを開けば、現れるのは看護師の悪癖

裁判に持ち込まれたカルテの記載はこのようなものだったそうです。

ここを詳しくみてみると、控訴審は、カルテに「術後覚醒良好」「不安言動は見られていた」との記載はあるものの、せん妄である旨の記載はないとしています。

弁護士ドットコムニュース「乳腺外科医に逆転有罪、なぜ無罪判決はひっくり返ったのか? 判決文を読み解く」 より)

一般のメディアも、医療方面のメディアも同様に報じているので、ここは確からしいと言えます。

そう、この「術後覚醒良好」です。これこそまさに看護師の書き方で、私は悪癖だと考えている書き方です。

私は先ほど、麻酔から目が覚める様を寝起きと例えました。逆に考えましょう。あなたは隣で寝ていた誰かが目を開けたとき、寝ぼけているのか、シャキッと目覚めているのか、目を開けたことを見ただけでわかりますか。なんだか禅問答のようですが、事実だけで論ずれば、わからないはずです。「目を開けた」のはわかります。挨拶を交わせば「挨拶を交わした」のもわかります。しかし「シャキッと目覚めている」かはわかりません。

カルテには事実を書かなくてはなりませんから、単純に「術後覚醒良好」と書くのは本来御法度。しかし、なぜか書かれます。事実を書くという観点からは、上述のカルテ記述例の方が正しいはずですが、記述例のようにはまず書かれません。新人のうちは割と記述例のように書いていることもあるのですが、新人のうちは、ですね。なぜなのかはわかりません。ただ、そうなんです。

今やカルテは概ね電子化されており、多くの電子カルテアプリでは電子メール的に「題名」と「本文」が書けるようになっています。そこで

  • 題名: 術後覚醒良好
  • 本文: 患者は目をパチッと開いており、会話に応じる。発音も明瞭で聞き取りやすい。氏名は言えるが、場所「天使の住む場所」、日付「4月31日」と事実と異なる話をする。

とでも書いてあればよいわけですが、だいたいはこうも書かれません。本文にすら「術後覚醒良好」と類する表現だったりします。この手の書き方がなされる場面はちょいちょいあります。薬剤投与後の「副作用症状なし」って、何がなかったの? 呼吸音聴取結果として「エア入り良好」って、どうやってエア入りを判定したの? 良好とは?

でも、そう書くんですよ。なんと言いましょうか、こう、事実無根とまで行かずともかなり怪しげに一言で良し悪しと書きたがるんです。医療方面はそーゆーとこなんだろって? いやいや、私が知る限り、医師は事実を書く傾向にあります。なぜか看護師は、妙な悪癖を身に着けているんです。ちなみに私は看護師になりきれていないため素直に「新たな自覚症状の発生なし」とか「呼吸音は左右同等に聴取可能」とか書きます。だってそうなんだもん。

件の裁判に持ち込まれたカルテも、看護師の悪癖に染まっていたのでしょう。カルテには「術後覚醒良好」とだけあったようです。「せん妄」と書かずとも確かめたままの事実を書いていれば、カルテから覚醒過程に迫れた可能性はあったのですが。迫れたとしてどちらに有利に働いたのかはわかりませんけどね。

おまけで、弁護士ドットコムニュースの疑問に答えてみましょう。

1審判決には「せん妄は頻繁にみられる現象」ともあり、全てのカルテに「せん妄」と書くものなのか、よくあることなのでせん妄の細かい様子までは書かないものなのか、医療現場の実務感覚を知りたいところです。

弁護士ドットコムニュース「乳腺外科医に逆転有罪、なぜ無罪判決はひっくり返ったのか? 判決文を読み解く」 より)

それこそ「せん妄」と書かれるのかも知れませんが、せん妄と判断される状況があれば必ずカルテに書きます。理由は簡単で、せん妄は異常だからです。病院は異常があるから来るところで、語弊を恐れずに言えば、病院のカルテは異常について記されるものですからね。書きます。「覚醒良好」と書かれるのは、麻酔下にある状況がは異常であり、異常が解消されたことを書いているわけです。

さらに、せん妄は危険なものだからです。術後でしたら、最低でも点滴の管や膀胱留置カテーテル*4は繋がっているでしょうし、血液等を排出するためのドレーン管が繋がっているかも知れません。これらは術後の治療に重要なものです。しかしこの重要な管を寝ぼけて、せん妄で抜いちゃう人が少なからずいるんです。点滴ぐらいならまだしも、ドレーンなんか抜かれたら最悪。医師を呼び出して再度体内に管を入れてもらわないとなりません。そんな危険な状況なら書きますよ。シフト勤務制の看護師ですから危険は次の勤務者にも知らせる必要もあり、やはり書くわけです。また、これはこれで議論はありますが、管を抜くことができないよう、腕をベッド柵に縛り付けて動かせないようにしたり*5もします。その行為の正当性を主張するためにも、まずはせん妄の発生について、必ずカルテに書きます。

逆に言うと、看護師がカルテに書いていないのですから、当日、せん妄と判断される状況はなかったのでしょう。せん妄であったかどうかはまた別ですが。

法廷でのドンパチが明らかにした病院におけるCIO、強い情シスの必要性

上述の通り、現在、多くのカルテでは電子カルテシステムが導入されています。今回の裁判を踏まえて、カルテに事実を残せるようにするために、ITができることはないのでしょうか。と、IT方面出身の私は思うわけで。ありますよ、看護師の悪癖をシステムで是正してやればいい。

現状は自由文で麻酔からの覚醒状態を書かせていますが。自由文入力を廃止して、定型入力、例えばチェックボックス入力にしてしまえばいい。

☐ 目が開いている
☐ 会話に応じる
☐ 発音は明瞭
☐ 氏名が正しく言える
☐ 今いる場所が正しく言える
☐ 今日の日付が正しく言える
☐ 事実と異なる発言がない

これを30分なり1時間おきにでもチェックさせたらいいわけですよね。簡単なことです。

そう、簡単なことです。多くの電子カルテアプリには実装されている機能なのです。しかし、電子カルテシステムとしてどれだけの病院がこのように運用しているのでしょうか。これも看護師の悪癖と言ってよいでしょう、自由文で書きたがるんですよね。もっと言えば、自由文で書いた方が価値があると思っている。それは法廷でのドンパチにおいても価値が高いものだと、お得意の科学的根拠もなく思っている。

病院の中で、看護師がどのようなカルテの書き方をしなくてはならないか、そのルールを定めるのは看護部のお偉いさんたちです。そりゃうまく行くわけがありません。カルテの書き方はとりもなおさず情報の扱い方であり、看護師が専門とする領域ではないのです。自分たちができないことをできると思い込んで実行に移した結果が、「術後覚醒良好」なのですよ。

看護師が、看護部の、と書きました。そもそも、こういったサイロ型の情報管理ってのも負けてるんですよね。病院として情報をどう扱うのが。業務の面から見て、費用の面から見て、法令の面から見て、どのような戦略、戦術で情報を扱うのか。一手に引き受ける存在として、CIOや強い情報システム部門が病院には必要なのです。と、件の裁判もおっしゃっているようですが、いかがでしょうか。

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この辺読んでみたらおもしろいのかねぇ。あら、後者は青森中央学院大学の教授が書いてるんだ。

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