夜勤病棟の女神様(仮)

てっぺんの街、ひよっこナースの日常

妊婦加算の凍結に見る救急車タクシーの必然性と日本の未来

2018年度に導入された医療費における妊婦加算が「妊婦税か」などと批判され2019年1月1日より凍結、事実上廃止されたことは、ここをご覧の方の多くはご存じのことかと思います。そのときからずっと思ってはいながら、なかなか記事にできなかったことを今、ようやく。

対価を払いたくない人たち

妊婦である方々は、妊婦として丁寧に、注意を払われて、医療を受けたいとは思わないのでしょうか。

丁寧に、注意を払った仕事には、そうでない仕事に比べ高額の対価が生じるのは当然のことです。つまり、高い金額の対価を払えないのならば、高い質の医療は受けられないとも言えます。*1

私はこのことが不思議で仕方がなかったのです。満員電車の中でマタニティマークをつけてまで「私たちを重視しなさい」と主張する彼女たちが、「私たちに高い質の医療を提供しなさい」とは思わないのでしょうか。

医療提供において、妊娠に注意を払わないことはない

妊婦への医療提供であればあまねく加算される妊婦加算に対して「妊婦であることが関係あるの?」という声もありました。しかし私が知りうる限り、医療提供において、妊娠、妊婦に注意を払わないことはありません。

その注意は女性が病院に入ってきたときから始まります。「女性を見たら妊娠を疑え」と言われるほどで、女性を見れば妊娠していないか、妊娠の可能性がないかは複数回確認します。

病院来る人たちは病気を診てもらいたくて病院に来るわけですが、妊娠していれば患いうる病気の種類は増え、診療は難しくなります。逆に使える検査は減ることもあり、やはり診療が難しくなります。

今時の診療ではほぼ必ず薬剤を使用します。むしろ、病院に来る方々が、薬剤の投与や処方がなければ満足をしないのでは。その薬剤、あらゆる薬剤の使用時には「妊婦に使用可能か、胎児に影響はないか」と検討、判断する難しさが生じます。

妊婦加算を批判していた方々は、このような注意や難しさ無視して、妊娠していることを無視して医療提供して構わないと言えるのでしょうか。

妊婦と胎児がどうなろうと、救急車はすぐに来ないだろう

おそらく、妊婦加算を批判していた方々にも、上述の「私たちを重視しなさい」という人々がたくさんいることは想像に難くありません。つまり妊婦加算の否定は「高い質の医療を無料で提供しなさい」という主張なのでしょう。

彼らの主張は、救急車を無料タクシーとして使用することが正当であると言うのと同じです。「己が求める高い質のサービスを、無料で利用できることが最善である。己以外がどうなろうと知ったことではない。」

あらあら、彼らのおかげで救急車は大混雑。彼ら自身が困るかも知れませんね。

金を払わない彼らの行く末

週刊アスキー』の広告に「新製品を買い続けたから、この国はここまで来れた。」というコピーがあります。その通りです。

サービスに対価を払わなければ、この国はどうなってしまうのでしょうか。妊婦加算が凍結と聞いて、医療がどうのよりも、胎児が生まれ育って生きる日本のことが心配になった私なのでした。

最近買ったもの。無駄遣いではない、この国を先に進めるための投資なのだよ。 もうすぐ手に入るもの。無駄遣いではない、この国を先に進めるための投資なのだよ。

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*1:様々な病気に対して、金銭を理由に治療を断念する人は日本にもたくさんいます。