夜勤病棟の女神様(仮)

ひよっこナースの日常

看護学校から見る月127時間残業

とゆわけで、だいぶ引っ張った誓い式(旧戴帽式)ネタ後編です。

前編はこちら。

nsns.hatenablog.com

誓いの言葉で乗るビッグウェーブ

式次第が記され配布される紙に、1年生全員の「目指す看護師像」が列挙されています。ササッと1行ずつ書かれているのですが、これが意外と興味深い。言うまでもなく、真剣に書いている学生なんてのは多くないわけで。故に、興味深いのです。

主流は「患者に信頼される看護師」。何と恐ろしいことでしょう。私は「いつもそこにいる看護師」と書いて、あちこちから恐怖だとかホラーだとか言われましたが。実際に恐怖なのは、いい加減に書いた結果「信頼される」としてしまう感覚だと思うのですよ。

遅れても乗るしかない、このビッグウェーブに。

b.hatena.ne.jp

先月、日本のウェブ界隈では某IT業界の長時間労働について盛り上がっていました。

長時間労働自慢は好きにして構いませんが、病気にならないでくださいね。と思うのが看護学生であり、看護師です。しかし病気になってしまったら一緒にがんばりましょうと思うのも看護師。のはずですが、長時間労働については結果として冷たく思うこととなる現実がありそうです。

生存者には鞭を

入院患者の傷病別分類でトップをひた走るのが精神障害ですから、当然、病棟を主戦場とせん看護学生にはその辺の教育もなされます。長時間労働、もう少し広い範囲で言えば産業保健について扱う科目は1年生の半ばの時点で3科目もあります。

  1. 公衆衛生学
  2. 精神看護学概論
  3. 成人看護学概論

この中で一番熱かったのは成人看護学概論でしょうか。

こともあろうに某IT業界では有名なニューメディア総研(現アドバンストラフィックシステムズ)事件を取り上げたわけですよ。念のために事件の要点をおさらい。

  • 女性SE(31歳)が127時間残業の翌月、自殺未遂
  • 1ヶ月間の休業後、長時間労働に復帰
  • 復帰5日後、不整脈で死亡(労災認定済み)

この事件の説明で、先生*1が痛ましそうに言うんですよ。

周りの人は、何かしてあげられなかったのかなって思います。

そして、学生はうんうんとそれを聞いているわけですよ。

なんてこった。こーゆー思われ方をしているのか。やっとの思いで生き残ったら、なぜあいつを助けなかったと言われるのか。

想像力の限界を知っている看護学校にて

想像できないんでしょうね。周りも当然長時間労働だろうとか、周りが他人の死を待つほどである可能性とか、想像すらできないんですよ。

某IT業界(あるいは長時間労働が十八番のどこかの業界)にいると長時間労働の現物がごろごろしています。自ら経験しています。だから長時間労働について、本人や周辺について想像できます。

経験がなければ、そんなもん想像できっこない。ニュースに表れた数字から何時間働いたのかはわかる。死因となった疾患はわかる。しかし本人がどう働いていたか、周囲がどう働いていたか、もう少し広く組織がどう動いていたかっつー根本原因のところが想像できない。想像できないと言うと怒られるかも知れない。正確に言うなら、事実に基づいた想像ができない。だから、事実が地球の裏側にあるような想像になってしまう。

看護学生は、看護師は、何事も経験しなければわからないって知っているんです。だから看護学校では、学生が嫌がるような実践も積み重ねるのは前出の通り。

nsns.hatenablog.com

しかし人間ですからね。感情に訴えられたとき、知っていることが飛んでしまったりするのでしょう。余談にはなりますが、長時間労働を社会に悪と知らしめるためには、皮肉にも長時間労働を広めるしかないのかも知れません。

死出の旅の第一歩は人知れず

上述のような長時間労働自慢はある種の内輪ネタであり冗談であるから、ひたすらに時間数とその結果との話になってしまうのですが。長時間労働が病気、精神障害を来すか否かには他の要素もあると思うんですよね。

科学的になんであると言えるところには至っていないと理解していますが、精神の問題だけに、精神に根ざす要素、心の持ちようはあるのでしょう。

その持ちようの一つが「私のあり方」なんじゃないかと考えています。

他人による評価を自分の評価としてしまうあり方、目標ってのは危険なんじゃないかなって。ここで冒頭に繋がります。*2

「患者に信頼される看護師」となれるか否か。患者が私を信頼するか否か。それは患者の私に対する評価次第で、私自身が制御できないこと。そこに重きを置くことは、己の舵を他人に任せることです。

真剣みもなく、いい加減に。それでも知らず知らずに他人がどうするかを自分の目標にしてしまう。自分がどうするかより、他人がどうするかに重きを置いてしまう。彼女たちの感覚に精神障害の堅調な推移を感じつつ、患者にもこの当然を持って接してしまうんだろうかと某IT業界出身ナスたまとしての頭痛も感じつつ。

そして何より、長時間労働の果てに病院に辿り着いた患者が、蠱惑的なナースに鞭打たれることを想像してしまう誓い式でした。それはそれで喜び溢れる人もいるんだろうけどね。

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*1:もちろん看護師。

*2:看護方面が大好きなAbraham Harold Maslowのhierarchy of needsで言えば、self-actualizationなのかesteemなのかってこと。